大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

広島高等裁判所 平成2年(ネ)84号 判決 1991年1月31日

控訴人

村佐登

控訴人兼控訴人村佐登訴訟代理人弁護士

森重知之

控訴人兼控訴人村佐登、同森重知之両名訴訟代理人弁護士

小笠豊

被控訴人

右代表者法務大臣

左藤恵

右指定代理人

橋本良成

外二名

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人らの負担とする。

事実

一  控訴人らは「原判決を取り消す。山口地方裁判所岩国支部昭和六三年(モ)第一一号証拠保全申立事件において、国立岩国病院を送達場所としてなされた同事件証拠保全決定正本及び検証期日呼出状の送達が適法であることを確認する。国立岩国病院が、同証拠保全決定に基づく亡村佐達子にかかる診療録等の提示命令を拒否した行為が違法であることを確認する。被控訴人は、控訴人らそれぞれに対して、各金二万円を支払え。訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴人は主文同旨の判決を求めた。

二  当事者双方の主張は原判決事実摘示のとおりであり、証拠関係は原審及び当審記録中の各書証目録記載のとおりであるから、これを引用する。

理由

一当裁判所も、控訴人らの本件確認の訴えは不適法としていずれもこれを却下すべきもの、本件損害賠償請求は理由がなくいずれもこれを棄却すべきものと判断するものであって、その理由は次のとおり改めるほかは、原判決説示のとおりであるから、これを引用する。

1  原判決九枚目表一〇行目の冒頭から同裏七行目の末尾までを次のように改める。

「右送達手続あるいは本件証拠保全決定に基づく提示命令はいずれも裁判所のなす訴訟行為であるところ、適法な送達がなされたにも拘らず送達を受くべき者が正当な事由なくして送達書類の受領を拒絶した場合あるいは適法な証拠保全決定に基づく検証物の提示命令を拒否した場合には、もっぱら訴訟法規の定めるところにより訴訟法上の法律関係に影響を及ぼし、あるいは訴訟法上の法律効果を生ずるに止まるのみであって、訴訟当事者の私法上の権利義務ないし法律関係に直接影響を及ぼすものではないから、控訴人らの前記訴えは一定の権利又は法律関係の存在又は不存在の確認を求めるものではないことは明らかであり、不適法な訴えといわなければならない。

右の点について、控訴人らは、同種証拠保全事件における訴訟書類の送達場所に関する紛争を解決する必要があり、その点において本件確認の訴えには確認の利益がある旨主張するが、右に説示したとおり、本件紛争は単に訴訟上の紛争に止まり、一定の私法上の権利関係又は法律関係の存否についての紛争ではないから、控訴人らの右主張は採用できない。」

2  原判決一一枚目表三行目の「定められ」を「定められている」に、同五行目の「九条)」を「九条)。」にそれぞれ改め、同行目の「右」から同七行目の末尾までを削り、同末行の「有する」の次に「ものであって、国の他の中央行政機関又はそれらの下部行政機関はかかる権限を有しないもの」を加える。

3  原判決一一枚目裏七行目の末尾に次のように加える。

「もっとも、権限法二条二項は「法務大臣は、行政庁の所管し、又は監督する事務の訴訟について、必要があると認めるときは、当該行政庁の意見を聴いた上、当該行政庁の職員で法務大臣の指定するものにその訴訟を行わせることできる」旨規定しているところ、右規定に基づき法務大臣が本件国立病院長あるいは本件国立病院のその他の職員を右指定代理人としたときは、同人らの事務所である本件国立病院も本件送達書類の送達場所となるものと解されるが、本件証拠保全手続にあっては、右病院長等が指定代理人となっていないことは明らかであるから、本件送達書類の本件国立病院への送達は違法であるといわざるを得ない。」

4  原判決一一枚目裏八行目の冒頭から同一二枚目表六行目の末尾までを次のように改める。

「控訴人らは、診療録等の証拠保全の場合には、現実に診療録等を作成保管している当該病院宛に送達する方が相手方にとっても便利であり、現に国を第三債務者とする債権執行申立事件においては、金銭の支払命令権者または現金前渡しを受けている係官に対して送達すべきものとされていることを類推適用して、診療録等の証拠保全の場合も、権限法の例外として本件国立病院宛に送達ができるものと解すべきである旨主張する。

しかし、権限法一条は国を当事者又は参加人とする訴訟について法務大臣に国を代表する権限がある旨定めた規定であり、控訴人らが例として挙げるのは、国を当事者ではなく第三債務者とする債権執行事件について当該係官に送達受領権限を与えているものであって(「政府ノ債務ニ対シ差押命令ヲ受クル場合ノ会計上ノ規程」一条)、同規程は権限法一条の例外規定とはいえないのみならず、後記説示のとおり、証拠保全における証拠調の期日に相手方をも呼び出すことを要するものとされているのは、相手方にもこれに立会う機会を与えるためであるところ、右相手方の立会権を確保するためには国を相手方とする証拠保全手続については、その呼出状の送達は当然右訴訟手続について権限を有する法務大臣の住所又は事務所になすべきものと解されるのであって、国を第三債務者とする債権執行事件の場合とは到底同日には論じ得ないところである。

また、控訴人らは、法務大臣の事務所である法務省又は法務局において送達しなければならないとすると、その間に証拠を湮滅されるおそれがあり、法が、急速を要する場合には証拠調期日に相手方を呼び出すことを要しないとしている趣旨に鑑みると、国立病院における診療録等の証拠保全の場合は、当該病院が送達場所となるべきである旨主張し、<証拠>中にはこれにそう見解の記載がある。

しかし、証拠保全決定は原則として事前に当事者双方に告知されなければならず(民訴法二〇四条)、証拠保全決定に基づく証拠調の期日には申立人のほか相手方をも呼び出すことを要するものとされているが(同法三四九条)、右呼出は当事者双方に立会の機会を与えるためであるところ、右立会権を有するのは、国を相手方とする証拠保全の手続にあっては、権限法一条又は二条一項により法務大臣又はその指定する所部の職員であって、国立病院長ではないところ、右呼出状等が立会権限のない国立病院長に送達されるとすると、法務大臣又はその所部の指定代理人は証拠調の期日を了知することができず、立会の機会が奪われる結果となるから、国立病院における診療録等の証拠保全の場合であっても、当該病院を送達場所と解することはできない。

控訴人らは証拠保全手続においても、法務大臣が送達を受けるべき者であるとすると、その間に証拠の隠滅や改ざんをされるおそれが強い旨主張するが、仮にそのようなおそれが強いとすれば、相手方である国に対しては証拠保全の決定を事前には告知せず、事後に遅滞なく告知するとか、証拠調の直前に決定の告知と期日呼出をするとかの運用上の工夫により、あるいは「急速を要する場合」として相手方の呼出をせずに証拠保全決定に基づく証拠調をすることにより、かかる事態に十分対処することができるのであるから、かかる不都合が生ずることのみをもって、控訴人らの主張するような解釈を採ることはできない。

なお、<証拠>中には、国立病院における医療過誤訴訟に係る診療録等の証拠保全手続における「相手方」とは、法務大臣ではなく、当該国立病院長であるから、従って証拠保全手続に係る書類の送達を受けるべき者は当該国立病院長であり、その送達場所は当該国立病院である旨の見解の記載があるが、独自の見解であって採用することができない(かかる見解に従えば、当事者たる国の権限を行使する法務大臣又はその所部の職員の立会権は全くないことになって極めて不都合である。)。」

5  原判決一二枚目表九行目の「甲第二一号証」の次に「、第二二号証」を加え、同九行目の末尾に次のように加える。

「 法定代理人、代表者を送達の名宛人とする場合に、法定代理人、代表者自身の住所等のほか、本人、法人その他の団体の営業所または事務所を送達場所としてもよいこととされているのは、これらの場所でも、法定代理人、代表者に対する書類の交付を期待できるからであるところ、前示のとおり、国を当事者とする訴訟にあっては法務大臣が国を代表し、その事務は法務省が所掌し、その下部行政機関である法務局及び地方法務局が分掌するのであって、その他の国の機関は右訴訟に関する権限を有しないし、法務大臣は当然には他の国の機関の職員を指揮して右訴訟に関する事務を取り扱わせることはできないのであるから、法務省又はその下部行政機関である法務局及び地方法務局以外の国の機関の事務所は、民事訴訟法一六九条一項但書にいう「本人の営業所又は事務所」には該当しないものと解するほかない。もっとも、送達場所以外であっても、送達を受けるべき者が、その住所、居所、営業所又は事務所以外の場所において送達を受けることを拒まなかった場合には当該送達もまた適法であるが、」

二以上の次第で、控訴人らの本件確認の訴えをいずれも却下し、本件損害賠償請求をいずれも棄却した原判決は相当であって、本件控訴は理由がないからこれらを棄却することとし、控訴費用の負担につき民事訴訟法九五条、八九条、九三条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官篠清 裁判官宇佐見隆男 裁判官難波孝一)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例